年代ごとに、伝説の選手をご紹介します。
※入団したチームがカープ、かつ引退時の在籍球団がカープの選手のみピックアップしています。
※80年代までしか遡れていません。ご了承くださーい。

80年代

【野手】

山本浩二
首位打者1回、本塁打王4回、打点王3回。現役を知る者はもちろん、そうでない者にも伝説としてその名を響かせる「ミスター赤ヘル」。30代以降、大きく成績を伸ばした大器晩成型選手。背番号8は永久欠番。ネット上では一部ファンから「ピーコ」と呼ばれている。

ちなみに凛子は、東京ドームのレジェンズシートの解説者として来ていた浩二さんとハイタッチしてもらったことがあります。ホームラン王らしい、大きくて温かい掌でした。


衣笠祥雄(故人)
2215試合連続出場という不滅の日本記録を持つ「鉄人」。フルスイングを信条とする豪快なバッティングスタイルは今もファンの間で語り草。死球を受けることも多かったが(通算被死球161)当てられた後も何事もなかったかのように颯爽と一塁へ走る姿は、野球選手仲間からも尊敬を集めた。1987年には、連続出場世界記録達成(当時)を讃え、国民栄誉賞が贈られている。背番号3は永久欠番。

ちなみに凛子の父親は中学時代に衣笠さんが学校へ講演に来たらしく、「中学生の頃、練習中のたった1回のエラーでその後一切チャンスをもらえず万年補欠だった」とのエピソードだけをなぜか強烈に覚えていて、お酒が入ると必ず「衣笠は中学時代~」と聞かされました。


正田耕三
プロ入り後、スイッチヒッターヘ転向し、2年連続首位打者を獲得したヒットメーカー。1987年の最終戦で、首位打者を確定させるバントヒットを決めたシーンは、往年のファンにとって忘れ難い名場面。高橋慶彦との確執エピソードもなかなか味わい深いものがある。

ちなみに凛子は、正田さんのトークショーが都内の某お好み焼き店で開かれるとの情報をネットで見つけ、行く気マンマンで問い合せたら、その情報は一年前のものだったことがあります。


達川光男
当時のカープで全国的な知名度を得ていた数少ない選手のひとり。プレイヤーとしての能力よりも、そのキャラクターが愛され、特にフジテレビ系列で放送されていた『プロ野球珍プレー・好プレー大賞』において、デッドボールをアピールする姿をおもしろおかしく取り上げられてからは、一躍お茶の間の人気者となる。長年正捕手を務め指導者としての経験も豊富な彼の野球理論は確かで、ユーモアある語り口と合わせ、解説者としての人気は高い。

【投手】

北別府学
制球力に優れ、「精密機械」の異名を持つ。通算勝利数213勝。沢村賞を2度受賞するなど80年代の『投手王国』を支えた大エース。現在は、ネットでの活動も活発で、定期的に更新されるブログ(https://ameblo.jp/manabu-kitabeppu/)は非常に人気が高い。ブログでは野球ネタの他、趣味の家庭菜園についての情報も多い。愛称はペイさん。

ちなみに凛子の尊敬する松本人志さんは野球に興味ありませんが、「キタベップ」という名前が気に入っているようで、たまにネタ的にペイさんの名前をテレビで発することがあります。


大野豊
高校卒業後、3年間は金融機関に勤めながら軟式野球部に所属。その後、ドラフト外で入団した異色の経歴。22年間の現役中、先発に抑えにと大車輪の活躍を見せ、’88年先発完投型投手に贈られる沢村賞、’91年には最優秀救援投手のタイトルを獲得している。

ちなみに凛子はJK時代、赤坂見附のマックの店先で携帯で話している大野さんを目撃。一緒にいた友だち数人に「大野がいる」と囁いたけど、誰ひとり「大野」を知りませんでした。


津田恒美(故人)
1993年、脳腫瘍により死去(享年32才)。闘志をむき出しにして打者と真っ向勝負。“ホップする直球”を投げ込む姿に名付けられた愛称は「炎のストッパー」。プロ向きではない優しい性格を諭す座右の銘「弱気は最大の敵」が刻まれたプレートは、現在もマツダスタジアムの1塁側ブルペンに据えられている。

ちなみに凛子の山口県出身の元上司は、高校時代県予選で津田さんと対戦したことが自慢。球速すぎてまったく見えなかったらしいです。

90年代

【野手】

野村謙二郎
カープ初の2億円プレイヤー。晩年は怪我に泣かされたが、盗塁王3回、最多安打3回、GG賞1回、’95年には球団初のトリプルスリー(打率.315/32本塁打/30盗塁)を達成するなど、走攻守に優れたプレイヤー。’05年に2,000本安打達成、同年引退。

ちなみに凛子はノムケンの解説声が若々しくて好きです。


緒方孝市
度重なる怪我に泣かされながらも好成績を残し続けた不屈の外野手。3度の盗塁王、シーズン50盗塁達成など、スピードスターとして開花したが、98年に右足首を捻挫して以降はモデルチェンジ。盗塁数は激減したが、長打の打てる打者として活躍した。イケメン選手として女性ファンにも大人気で、96年オフ、グラビアアイドル中条かな子さんと結婚した。

ちなみに凛子は、若い頃より現在の緒方さんの方がイケメンだと思います。

【投手】

佐々岡真司
プロ1年目に、2桁勝利・2桁セーブを達成。セントラル・リーグ会長特別賞を受賞。先発に専念した2年目には最多勝利でチームの優勝に貢献。MVPと沢村賞を受賞している。チーム事情により先発とリリーフを行き来し、引退前年の2006年に先発100勝かつ100セーブを達成している。釣り好きで知られ、広島ローカル局で不定期で(主に新春)放送される「瀬戸内釣り物語シリーズ」という看板番組をひっそり持っている。

ちなみに凛子は「瀬戸内釣り物語シリーズ」をすっげえ見てみたい…。

00年代

【野手】

前田智徳
求道者。ただひたすら理想のバッティングを追い求めた。


新井貴浩
ドラフト6位入団。猛練習の末、本塁打王を獲得するなどカープの四番として活躍。広島出身ということもあり、ファンからの信望も厚かったが、前年までの発言を翻すまさかのFA宣言により、人気は失墜。カープファンにとって最も憎らしい選手となる。2015シーズンからカープへ復帰。’16~’18のリーグ三連覇へ貢献するなど、ベテランとしてチームに欠かせない存在となる(’16にはリーグMVPを獲得)。ファンからの信頼も回復し、「新井さん」の愛称も定着。球団史上屈指の愛され選手となる。心優しい人柄から、イジられ役になることが多く、後輩選手からのイジりも受け入れていた。2016年日本シリーズ第6戦に出場したのを最後に引退。

ちなみに凛子は、新井さんの最終打席をバックネット裏から応援。ショートゴロという結果に「らしいな…」って感じ。大きな声で「新井さんお疲れさまー!」と叫ばせていただきました。


廣瀬純
1年目の活躍でファンから大きく期待されながらも少々伸び悩み、レギュラー獲得までに時間を要したが、プロ入り10年目の2010年に初の規定打席へ到達。 打率.309の成績を残す。春先に強く、2013年4月に15打席連続出塁というプロ野球記録を樹立。その間の成績は15打席8打数8安打という驚異的なもの。また、この年から敬礼ポーズをするようになり、その後どなたかが移籍するまで、長らくカープで愛されることとなった。

ちなみに凛子は、「チャーリー」という愛称を勝手にミドルネームだと思い込み、長らくハーフだと信じてました。今考えればなぜそう思ったの謎。どう見ても顔が日本人。

【投手】

黒田博樹
球団とファンを愛し、カープのために投げ抜いたその姿は、カープファンにとって特別な存在。背番号15は永久欠番。7年間、メジャーリーガーとして活躍した期間はあるが、生涯カープと言っても過言ではない。

ちなみに凛子は、黒田さんとともに紹介される座右の銘「耐雪梅花麗」は、好きな日本酒の銘柄を言っているのだと思ってました。